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2009年11月

2009年11月27日 (金)

2009年11月アイビー会

11月19日にアイビー会がありました。

11月のアイビー会は毎年ボジョレー・ヌーボーを楽しむ会です。

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ボジョレー・ヌーボー解禁に合わせていつもの第3水曜日から木曜日に変更です。

 

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料理もワインに合わせて洋風です。

パエリアが出たのは初めてです!

 

この日「ボージョレー」なのか「ボジョレー」なのかちょっと話題になりました。

仏文出身者の中でも意見は割れていました。

結局、答えはでないまま。

このブログでは普段私が使い慣れている「ボジョレー」にしました。

 

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端っこの方でなにやらトロフィーを取り出している人がいました。

よーく見ると

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「宮城立教会 麻雀大会 優勝」の文字。

今度29日に初めて行なわれる宮城立教会の麻雀大会のために作ったトロフィーでした。

なんか、気合入ってます!

こちらの大会の模様はまだ後ほど報告します。

   

   

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こちら男性は体育会準硬式野球部出身者。

宮立野球部で大活躍の選手です。

普段は石巻で働いているためなかなか参加できないのですが、

久々にアイビー会に出席してくれました。

そして、今回楽天に一位指名された戸村投手を迎える(!)にあたって色々動き始めてくれている人物です。

体育会やら六大学等の野球のつながりをあちこちに持っているので情報も豊富に仕入れてくれています。

  

 

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こちら男性はこの日、たまたま楽天球団の副社長に会って、

「立教の戸村投手を指名してくれてありがとうございました」

と挨拶してきたということです。

「戸村投手はとても礼儀正しく、クレバーな人物だ」という話を聞いてきたらしいです。

さすが、立教ボーイ。こういう話を聞くとなんだか、嬉しいですね。

「後援会を作ったらどうだ」みたいな話も出たとか・・・・・

 

いよいよ、本当に仙台にやってくるんですね~

  

そして、この写真。

一体だ~れ!?

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実はこの日の私のカメラは一人歩きをしていました。

家帰ったらこの写真があって、びっくり!

まあ、こんな写真を撮るのはあいつ(!)しかいないんですが・・・・

なかなかパッと見、誰だか分からないですね・・・・

  

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〆はいつもの通りです。

          (平成の女管理人) 

 

 

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2009年11月26日 (木)

踊りの会

ちょっと前になりますが、

10月 12日戦災復興記念館で踊りの会がありました。

宮城立教会ではレディース会として鈴懸の会があるのは皆さんご存知かと思います。

その下部組織(ちょっと大袈裟!)に実は日舞の会が存在しているのです。

藤間流で長年踊られている同窓の藤間宝園さんが「日舞を気楽に始められる様に」と会を発足してくれました。

その藤間宝園さんが共催する日本舞踊研究会(踊りの会)に宮城立教会会員も二名ほど出演することになったのです。

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小さくて分かりづらいですが、27演目もある立派な会でした。

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お花もたくさん届いてました。

 

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師匠の藤間宝園さんです。

しかし、私のコンパクトカメラではこれが限界の写りでした。

   

この後、宮城立教会に数名いるお抱えカメラマンの一人が一眼レフを持参してくれました。

ちゃんとした写真を載せることができてホッとしています。

カメラマンさんどうもです!

 

C16

C19   C24

さすが師匠さんの踊りです。

小道具を使っての演目です。

  

 

M3   M9

Y1 Y4

お弟子さん達です。

とても緊張したということでしたが、

立派な踊りを披露してくれました。

   

全くの素人だったお弟子さん達です。

舞台であんなに踊れるまでになるんですね。

・・・・・・・すっごい。

   

    

踊りだけでなく、着物を着付けるところから教えてくれるということです。

「運動不足解消」、「着付けできるようになりたい」と意外にもそんな理由で始める方も少なくないようです。

この踊りの会にちょっとでも興味を持った方は事務局までお知らせ下さい。

  

  

最後に・・・・ 

B6

こちら観客です。

なぜか、記念撮影です。

             (平成の女管理人)

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2009年11月24日 (火)

東京六大学宮城麻雀大会・秋の陣

平成21年11月6日 第7回東京六大学宮城麻雀大会・秋の陣が参加者40人・10卓で仙台稲門会主管のもとに開催された。
わが立大からは10人の参加で腕を競った。
優勝は明治大の植松氏、2位早大の佐藤氏、3位は法大の山下氏、3と4位は立大のU氏・I氏。
この麻雀大会で2度目の優勝した明大の植松さんは、抜群の強さと賞賛しきり。
立教勢は割と上位の席をしめ、良く健闘した。
来年の春の陣では立教より、優勝者を出したいものです。
  
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                      (麻雀部)

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2009年11月18日 (水)

戸村投手・・・続報

楽天にドラフト一位指名された戸村投手が

11月14日に楽天と仮契約を結んだそうです。

 

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立教のブレザーにイーグルスの帽子。

今のこの時期にしか見れない姿ですね。

 

ちなみに隣に写っているのは楽天のスカウトだそうです。

 

戸村投手は立教では「トム」と呼ばれていたそうです。

 

「ノムさん去ってトムさんが現れた~」

 

などと書かれている方がいるようです。

 

仙台入りするのはもうちょっと先なのでしょうか?

待ち遠しいですね~

トムさん 待ってまーす!

         (平成の女管理人)

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2009年11月17日 (火)

2009年11月アイビー随筆

アイビー随筆  「貞山堀」  

     37年理学部卒 大内 建二

 
 宮城県の史跡「貞山堀」については、ほとんどの宮城県人が誤解しているのではなかろうか。
 一般に「貞山堀」と呼ばれている堀は、阿武隈川の河口の荒浜の対岸から塩釜湾に至る、仙台湾に沿って掘られた全長約30キロメートルの堀(運河)である。
 この堀は藩主伊達政宗の命令で建設され、江戸時代に完成したものと思われているが、これは大間違いなのである。
 江戸時代の初期(寛永~寛文年間)に、政宗は隠居城として若林城(現在の宮城刑務所の地)を造営することになったが、建設用の大量の木材を丸森方面から運び込む必要があり、その運搬用に荒浜の対岸から名取川の河口の閖上まで堀を掘削した。堀の全長は約10キロメートル。この堀は「木曳堀」と呼ばれたが、木材は筏によってこの堀を通り名取川に運び込まれ、名取川を遡上し途中で広瀬川に入り、現在の河原町で新たに新城の堀の取水のために掘られた「六郷堀」を通り、建設現場に運び込まれた。
 政宗の死後約30年して、成瀬川流域の米を仙台城下に運び込むための水路が掘削された。塩釜湾の西奥から七北田川河口の蒲生まで約6キロメートルの「御船堀」である。
 米は蒲生で小型の川船に積み替えられ七北田川を遡上し、途中から新しく掘られた「御船曳堀」を通り、現在の苦竹の藩の米蔵に運び込まれた(現在の陸上自衛隊苦竹駐屯地)のである。
 つまり江戸時代には堀は分断されたままの姿で、貞山堀という名前もなかったのだ。
 閖上から蒲生までの末通区間(14キロメートル)に堀が掘られ、荒浜から塩釜までが全通し現在の貞山堀が完成したのは明治20年のことであった。                                      
  「貞山堀」の名前の由来は、この全通した堀に名前を付けるに際し、この掘削工事の責任担当課長(高橋某)が、政宗の菩提寺である瑞巌寺に収められている政宗の戒名「瑞巌寺殿貞山大居士」から、二文字「貞山」を頂き命名したものなのである。

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