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2010年11月13日 (土)

2010年11月アイビー随筆

アイビー随筆 「赤点」  

             37年理学部卒 大内 建二

大学生活も4年生の11月ともなるとそろそろ無事に卒業出来るか心配が生まれてくるころだ。教養課程や3年制の時の取りこぼし科目の残務整理にやきもきしている学友もチラホラ見かけるようになる。
 物理学科の場合専門課程の3年生になると、教科の内容が極端に難しくなる。原子核工学だ、流体力学だ、原子核理論だ、原子物理輪講だ、とやたらと難しくなる。これらの教科の中でも極め付けに難解なのが物理数学である。ヘンテコな記号の羅列のような難解な数学はもはや数学ではない。この様な学問が解るやつは本当に天才だと思う。
 物理数学は鬼や悪魔が地獄で寄ってたかって作り上げた学問としか思えない。
 我々の物理数学の教授はかつての日本の物理学の殿堂であった理化学研究所の数学の
権威で、初老の豊田教授であった。
 3年生の学年末の物理数学の試験で、黒板一杯に3問の問題が書き出された。どれか一つ回答すればよいのである。
 ところが何れの問題も問題の意味すらわからないのだ。わかる奴の脳味噌を引っ張り出したいくらいだ。
 答案用紙を白紙で出すのも自尊心が許さない。一計が閃いた。
半年前に当の豊田教授が「人工衛星は何故落ちないか?」と題して一時間の講義をしたことを思い出した。「これだ!」
 答案用紙一杯に「何故落ちない」理論を書きまくった。結果は何たる奇跡! 60点でカツカツの及第点。喜ぶマイことか。
 ところでしばらくして級友たちのこの試験の結果が聞こえてきた。3問の問題に答えられたのは「一人もなし」。皆それぞれに工夫していた。半数が無駄な抵抗の傑作回答を書いた、そのほとんどが「60点」の及第点。何も書かなかった者は当然「赤点」でした。
 「窮すれば通ず」とはまさにこのためにあったことわざだった。
 難問の物理数学をパスしたことが4年間の最大の喜びでした!

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