« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月25日 (月)

2011年4月アイビー随筆

アイビー随筆 「食糧獲得作戦」  

        37年理学部卒 大内建二

 今回の地震の発生直後から、仙台市内では大げさに言えば食糧獲得の一斉行動が展開された。コンビニやスーパーの大半は店内が壊滅状態で、営業は突然のストップ。
 買い先を失った市民は様々な場所へ向けて奔走した。店内を破壊されたほとんどのスーパーは、販売可能な商品の店頭販売を始めたが、それは長くは続かない。市民はあっちのスーパーこっちのコンビニと、食料品の買い出しに奔走した。
 我が家も例外ではなかった。米を始め予備の食材で何とか1週間は過ごせそうだが、その先がない。「そのうち何とかなるだろう」と言ったら独り身の娘が「ダメ! すぐに買い出しに行くからね」。
 彼女は勤務先の愛宕橋ビルまで自転車通勤をしているすこぶるバイタリティーあふれる人物。地震の翌日と翌々日は休日だったので、朝には自転車でどこかに吹っ飛んで行ってしまった。
 昼過ぎに帰ってきた彼女は両手いっぱいに、卵20個、ジャガイモ25個、インスタントカレーやシチューの素10箱、ほうれん草とチンゲン菜各六束、豚バラ肉何と2.5キロ、驚いたことに揚げたてのコロッケ、メンチカツを12個も獲得してきたのだ。何たる娘!
 翌日の日曜日も朝から自転車で飛び出していった。今度は米5キロ、パスタ数種類、カセットコンロのボンベ6本、乾電池各種合計12個、缶詰各種にニンジンと大根数本。
 彼女曰く。「昔からある自動車が入りにくい商店街に行くと結構物があるよ」。
 月曜日から通勤が始まったが、会社の東京本社から応援部隊が大量の食料とともに現れたのだ。これら食料は社員に均等に分配されたのだが、それから3日間、毎日娘は沢山の緊急食料と共に帰宅した。各種缶詰、インスタントラーメン、カップラーメン、チーズ、バター、パック入りご飯、各種レトルト食品。こんなにどうする?
 まだ続きがある。ユーパックや宅配便が解禁になると同時に東京や千葉の知人友人兄弟から段ボール箱8箱が届いた。中身は最早言うまでもない。これまでと同様の食料品。お陰で我が家は小さな食料品店が出店出来そうなほどの食料品が溜まってしまった。
 これらを近所に住む姉貴や姪どもに分配しないと、食料品に埋められそうだ!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月22日 (金)

2011年4月アイビー会

4月20日(水)。

定例の第3水曜日に開催されたアイビー会です。

 

仙台市内も被災の沿岸部の地域以外はガスも復旧し

通常にもどりつつあります。

  

そんな中、立教大学校友会から事務局さんが

わざわざお越し下さいました。

まだ、仙台まで新幹線全線開通していないため、

電車乗り継いでの来仙です。

 

これを知って元幹事長さんは一生懸命人集めをしてくれて

たくさんの人が集まってくれました。

 

Img_0514

Img_0515

Img_0516

  

恒例の一人一言。

 

やはり皆さん、地震の時、どうしてたかが話題に。

 

女川で仕事して帰り道の石巻で地震に遭遇して

津波から逃げて来た人やら、新幹線の中だった人、

まさにトイレの真っ最中だった人。

  

皆さん色々でしたが、無事で何よりでした。

 

  

意外にも皆さんの興味を誘ったのは・・・

 

東京にいた人の、仙台に戻ってくるの話でした。

地震当日から公共交通機関は全てストップした仙台。

地震後3日目になんとか取れた航空券。

羽田-庄内便だったそうです。

そしてそこからが・・・・

 

なんと、庄内から仙台までタクシーを乗り継いで

合計6万以上のタクシー代だったそうです。

これからの生涯そんなタクシー代払うことないでしょうね・・・

 

   

  

  

前回のアイビー会で募金させていただいて、

石巻へ行ってきた報告も。

 

   

Img_0415

色々必要だと言われた物を買出しして

持ち込みました。

 

Img_0424

まだまだ、生鮮食品も手に入らないということで

途中の道の駅で買った野菜です。

 

この時(4月3日)石巻駅前は

ずいぶんきれいになっていました。

   

でも、お店の前には・・・・

    

Img_0444

石巻駅まえの大もり屋さんです。

 

まだまだたくさんの物がおかれたままでした。

きっとご夫妻で一生懸命お掃除されて

お店の中から出したのだと思います。

 

  

Img_0455

お疲れのはずなのに、

笑顔で迎えて下さいました。

  

  

お会いできて無事だということを

報告させて頂いて、皆さんホッとされていました。 

  

  

Img_0524

防災服の県議さんと校友会事務局さんです。

県議さんは現状のご報告後、すぐに去っていって

しまいました。

Img_0523

Img_0526

Img_0527

Img_0528

Img_0517

Img_0521

            (平成の女管理人) 

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 5日 (火)

特別アイビー会

3月30日(水)震災後のこの日、

特別アイビー会が開催されました。

 

元幹事長の

「とにかく数名でもいいから開催しよう!」

の一声で開催が決まりました。

 

まだ、ガスも復旧していなければ

食料調達もままならない段階での決定でした。

  

でも、この日、17名もの方が集まってくれました。

    

  

Img_0409

特に皆さんが再会を待ち望んだのがこちらの

左男性。  

 

実はこちらの男性はマリンゲート塩釜で

お店をやっている方です。

  

マリンゲート塩釜は塩釜港の象徴的な場所なので

震災映像で見た方もいらっしゃるかと思います。

観光船が桟橋に横倒しになっている映像

本当に信じられない映像でした。

  

震災直後みんな心配していました。

 

ただ、ご本人の無事の確認だけは震災後に

取れていたのですが、お話を誰もしていなかったので

とにかく、再会できて皆さんホッとしていました。

   

そして何よりもご本人から力強いメッセージを

いただけたのでこの日開催して良かったと

本当に思いました。

  

   

 

そして、宮城立教会の

『日本製紙石巻を応援する会』の会長さんが

仕事を抜け出して顔を出してくれました。

  

石巻に友人・知人が多いこの男性は

すでにこの段階で石巻にボランティアに駆けつけていました。

  

石巻の現状やら宮城立教会の石巻支部の方達の近況を

話しに来てくれました。

 

そして、週末にまた石巻に行くということで

その場にいたみんなで募金を集めて

救援物資をお願いすることになりました。

   

 

座長もいなければ司会もいない

アイビー会ではありましたが

宮城立教会のつながりをとても深く感じた

アイビー会になりました。

   

Img_0413     

 

     (平成の女管理人)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »