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2011年9月29日 (木)

2011年9月アイビー随筆

アイビー随筆 「はやぶさ」 

          37年理学部卒 大内 建二

 小惑星探査機「はやぶさ」は奇跡の生還を果たした。そしてほんの微量ではあるが小惑星「イトカワ」の地表のちりを持ち帰った。
 実は小惑星「イトカワ」と探査機「はやぶさ」には切っても切れない因縁があるのだ。
 太平洋戦争中に日本陸軍は一式戦闘機「隼(はやぶさ)」を実戦に送りこんだ。この隼を開発設計したのは中島飛行機社で、そのメンバーの中心人物に糸川英夫技師がいた。彼はその次には日本の戦闘機としては最高傑作の四式戦闘機「疾風(はやて)」の設計主任者になった。
 しかし彼は戦後の回想の中でも初めて手掛けた「隼」に心底ほれ込んでいた事を語っている。
 彼は戦後僅か全長30センチのペンシル型ロケットを試作したが、これがその後の日本の世界に冠たる宇宙開発のスタートとなったのである。日本の宇宙開発や人工衛星の開発の父は糸川英夫博士なのである。
 1980年代に日本人が一つの小惑星を発見しこれに糸川博士の業績を記念して「イトカワ」という名前を付けた。
 小惑星「イトカワ」に向かった探査機に何故「はやぶさ」の名前が付けられたかわもうお分かりであろう。彼の一番の思い入れを名前に選んだのである。

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