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2011年11月

2011年11月25日 (金)

2011年11月アイビー会

11月のアイビー会(17日)は

ボジョレー・ヌーボーを楽しむ会です。

  

その前にこちらも恒例の

クリスマス会案内の封筒詰め。

 

いっつも作業中はドタバタで

写真を撮るのを忘れます。

 

やっぱり今回も忘れて

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すっかり作業が終わって出すだけです。

 

  

作業が終わっていよいよボジョレーです。

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こちらお店で用意してもらったボジョレー。

今時のペットボトルです。  

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こちらはエライ方が買わされたと言って持って来て

下さったナント木箱入りのボジョレー。

 

飲み比べさせてもらいました!

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ボジョレーのこの日だけは

お蕎麦屋さんだけど、洋風のもの用意してくれます。

 

パエリアもボジョレーの定番になりつつありますね~

  

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あとはいつものアイビー会でした。

       (平成の女管理人) 

  

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2011年11月24日 (木)

2011年11月アイビー随筆

アイビー随筆 「山形県」 

      37年理学部卒 大内 建二

 山形県は大変に魅力にあふれた県だ。今は紅葉のまっ盛り。最上渓谷、神室高原、天
然記念物浮島の紅葉。知られざる紅葉の名所がいくらでもある。探して行くのが楽しい。
 秋、村山方面の食用菊栽培農家の収穫中の畑にノコノコと入り込み、「少し分けてくださいますか?」と尋ねると、大きなビ二ール袋に一杯の「もってのほか」を入れてくれて500円也。
 旧六十里街道の曲がりくねった細い道を行くと田麦畑の集落に抜ける。ここには岐阜県の白川卿と同じような多層民家がまだ数件残っている。内部も見られる。大変に貴重な建物だ。
 新庄市の北東に金山町という大変に静かな木材の町がある。街中には多くの掘割があり巨大な鯉が沢山泳いでいる。
 私が行きつけの長町駅前の理髪店に入ったある時、担当の若い女の子が会話の中で「私新庄市の近くの出身です」と言ったので、「あそこに金山町と言うとても静かで綺麗な町があるね」と言ったら、「私そこの出身です」、驚いた。
 銀山温泉の藤旅館のカリフォルニア出身の青い目のおかみは有名。最近はアメリカ人客が多く、朝の食事では大広間でお膳の前で胡坐をかいて、皆と同じくアジの干物をつついている。
 米沢市の林泉寺は直江兼継の菩提寺。亡くなった伯父が以前から「あそこの寺にはお前たちのご先祖様の墓があるから必ずお参りに行け」と言われていた。3年前に機会があって観光がてら墓を探しに行ったら驚いた。直江兼継夫婦の大きな墓のとなりにこれまた大きな墓があった。それがご先祖様の墓であった。ご先祖様は上杉家の家臣だったのだ。知らなかった。驚きました。
 市内の「吉亭」という牛肉料理店は超有名。店が変わっている。江戸時代の織物(米沢紬)問屋の屋敷を料理店に改装したもの。大変に豪壮な店だが値段も結構なものでした。

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2011年10月アイビー随筆

アイビー随筆 「仙台の古い地図」 
     37年理学部卒 大内 建二

 私の手元に昭和4年発刊の旧鉄道省編纂の「日本案内記(東北編)がある。この本は当時の鉄道省が国鉄列車を使って大いに国内を旅行してもらおうと企画し、出版した日本最初の完ぺきな国内旅行案内書なのだ。
 全巻7冊よりなる厚手の本で、北海道、東北、関東等地域別に編集されている。鉄道省の編纂だけあって内容は国鉄の全路線の沿線の名所、旧跡、行楽地等を網羅したもので、名産品から各地域の方言までまとめられている。大変に面白い。
 この本は発刊以来一躍ベストセラーになり、完全な国内旅行案内書として昭和15年まで増版が続いた(以後戦争で廃刊)。
 この本には各県の県庁所在地や主だった地域の地図も掲載されているが、興味を引くのは昭和2年現在の各県の県庁所在地の地図である。「東北編」には当然ながら旧仙台市内の地図が掲載されているがこれが面白い。
 ここに示されている仙台市内の地図は、後に一部改定された場所(国道48号線と45号線の追加)はあるが、昭和20年の仙台大空襲時点の姿をそのまま表しているので興味深いのだ。
 勾当台通りや上杉通りは南北でちょん切れ現在のように南北に通じているわけではない。定禅寺通りは細く、青葉通りはもちろんまだ存在せず、当時の主要通りは南町通り、一番丁通り、国分丁通り、伝馬町通り、柳町通り(何処かご存知かな?)等で、主要な店舗や娯楽施設等が克明に記載されている。
 南町通りは映画館や芝居小屋が並んだ歓楽街でした。仙山線の記載はまだなく(昭和5年開通)、同じ場所に当時北仙台と中新田間を走っていた仙台鉄道(軽便鉄道)の線路が堂々と描かれている。
 現在の三越や141ビルは東本願寺と西本願寺になっている。眺めているだけでも大変に楽しい。コピーをアイビー会で配布致しましょうか?

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2011年11月22日 (火)

日本製紙石巻を応援する会

今年のドラフトで去年の久古投手に引き続き

日本製紙石巻から2名、ヤクルトから指名されました。

 

この驚きの結果に応援する会では

ドラフト後、盛り上がっていました。

 

このドラフト指名選手の石巻のユニフォーム

最後になるかもしれないからと

応援する会会長が石巻ツアーを

計画してくれました。 

 

 

石巻地方の高校生と日本製紙石巻の選手との

合同練習会。

 

見に行ってきました。

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高校生にバッティングのお手本を見せる

ドラフト3位の比屋根選手。 

 

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木村監督の写真を撮るのを忘れてしまいました。

会長が撮ってくれた写真を拝借しました。

 

 

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会長さんは写真も趣味。

立派なカメラで一生懸命写真撮っていました。

   

  

練習見学後はもちろん、

石巻駅前の大もりやさんに行きました。

 

震災でお店のあったビルは取り壊されて

平地になっていました。

 

去年の12月にみんなで木村監督を囲んだ

あの素敵なお店がないなんて・・・・

  

 

でも、さすが大森さんは近くに新しいお店を

早速オープンしていました。

 

前のお店のようなメニューはなんだけど・・・と

恐縮している大森さん。

いえいえ、お店をオープンしているのを見られただけで

本当に嬉しかったです。

 

さらにさらにおいしい天丼をいただきました。

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ボリュームばつぐんでリーズナブル!

えび天の下にかきあげが隠されていてびっくり。

かさあげ天丼って初めてでした!

 

 

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みんなで記念写真撮らせていただきました。

石巻に行かれる際はぜひ、大もりやさんへ!

駅前で分かりやすいです。

(以前のビルよりさらに駅よりです。)

         (平成の女管理人)

 

日本製紙石巻からヤクルトに2人 プロ野球ドラフト

Untitled 27日、東京で行われたプロ野球の新人選択会議(ドラフト会議)で、東日本大震災で大きな被害を受けた日本製紙石巻(宮城県石巻市)の比屋根渉外野手(24)と太田裕哉投手(23)の2人が、ともにヤクルトから3位と4位で指名された。震災に加え、福島第1原発事故の影響を受けている福島からは、伊達市の聖光学院高の歳内宏明投手(18)が阪神の2位指名を受け、同校出身で初のプロ野球選手誕生が確実となった。

 日本製紙石巻の地元・石巻市は東日本大震災で3000人を超える犠牲者を出した。被災直後、惨状を目の当たりにした比屋根、太田両選手は「もう野球はやれないかもしれない」とまで悩んだが、指名を受け、「支えてくれた石巻のために頑張る」と活躍を誓った。
 陸に押し流された大型船、がれきでふさがった道路、倒れた信号機…。
 遠征先から戻った3月30日。バスの中から見た光景に言葉を失った。工場も生産再開に半年を要するほどの被害。スコップを手に、工場や同僚の自宅で泥をかき出す毎日が始まった。チームが存続できるかどうかも分からず、比屋根外野手は「(出身地の沖縄に)帰ろうかと考えた」、多賀城市出身で、岩手・一関学院高出の太田投手も「野球ができなくなると覚悟した」と明かす。
 練習再開は5月18日。約2カ月ぶりにユニホームに袖を通した。全国の球場を転々とし、石巻市で練習ができるようになったのは、さらに2カ月後だった。
 都市対抗野球の2次予選を前にした8月上旬、選手全員を集めた食事会が開かれた。当時の西尾俊介主将(29)が「(全国大会に出場して)復興のシンボルになろう」と呼び掛け、チームは一丸となったという。
 予選で敗れ、目標は果たせなかった。今、プロの世界の入り口に立った教え子に、木村泰雄監督(50)は「震災があり、2人は野球ができることに感謝していた。力を付けてやってくれるはずだ」とエールを送った。
 比屋根外野手は「自分が頑張ることで、石巻の方々が笑顔になってほしい」、太田投手は「震災の被害に遭った人たちの思いを背負い、プロに行きたい」と抱負を語った。
(河北新報2011年10月28日金曜日)

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2011年11月15日 (火)

設立110周年記念式典

残念ながら立教大学の110周年式典ではありません。

 

六大学繋がりの法政大学さんです。

正式には

『法政大学校友連合会宮城支部

                 設立110周年記念式典』

 

11月6日にホテル法華クラブ仙台にて開催されました。

 

支部設立110周年ってすごいですね~

確か宮城立教会は今年64年目。

 

そういえば総会で

今年は何期になるんだ!という話が持ち上がって

この設立年がいつかっていうのを

調べた経緯があるんですよね~

宮城立教会は。

 

調べた結果の64年です。

 

約倍近く前から設立されているんですね。

さすが!法政さん。

  

その式典にご招待されて会長と副会長が出席しました。

その際の写真をわざわざ送っていただきました。

 

  

 

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盛況だったようです。

  

             (平成の女管理人)

 

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