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2013年4月 1日 (月)

2013年4月アイビー随筆

アイビー随筆 「モンブラン」 

                           37年理学部卒 大内 建二

 モンブランはヨーロッパアルプスの最高峰であることは良くしられている。しかし日本で「モンブラン」と言った場合には多くの人が連想するのはケーキの「モンブラン」であろう。
 実はこのモンブランというケーキの名前は日本人が付けた名前なのである。東京の目黒区自由が丘は今では特に若い女性の間では人気の山の手の高級ショッピング街である。
 この街の中心地に「モンブラン」という名前のケーキ店兼喫茶室がある。なかなかに雰囲気のあるお洒落な店である。
 この店の創設者迫田千万億氏(変わった名前である)は、戦前に洋菓子作りの修行のためにフランスへ渡った。この時彼はフランスでも老舗のカフェーである「アンジェリ―ナ」で考案された、一つのケーキに魅了された。彼は帰国に際しこのケーキを日本で作り販売する許可をもらった。
 帰国した頃の日本は軍国色に溢れ洒落たケーキを売るような時代ではなかった。
 戦後の昭和24年に彼はまだ物不足の中、自由が丘にケーキ専門の店を開店しその名も「モンブラン」とした。
 彼はこの店のシンボルケーキとして「アンジェリ―ナ」のケーキに改良を加えた、今に続くその名も「モンブラン」ケーキを発売したのだ。
 モンブランケーキは山の手のご婦人たちを中心に大人気となり、この店のシンボル商品として売れに売れた。そしてその後このケーキを真似た様々な「モンブラン紛い」のケーキが日本中で作り売られたので
あった。迫田氏はこの盛況の中でも都心に店を持つことはせず、店は自由が丘の店一店でその後も商売を続けた。
 私は東急大井町線の自由が丘駅から三つ目の等々力という駅の近所に住み暮らしていたが、周囲の奥様達が有名な東郷青児氏デザインのモンブランの包み紙につつまれたケーキの箱を、さも誇らしげに持ち歩く姿を良く見かけたものである。

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