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2013年8月13日 (火)

2013年7月アイビー随筆

アイビー随筆 「初給料」 

            37年理学部卒 大内 建二

 社会人になり始めて渡された給料のことは誰でも鮮明に覚えているに違いない。「渡された」と書いたが、給料が銀行振り込みが一般的になったのは昭和50年代の末頃でそれまでは給料は専用の給料封筒に入れられ、毎月給料日に個人個人に渡されていた。
 私の入社当初の初任給は18、500円(昭和37年)で、諸経費を差っぴかれた手取りは16、500円であった。当時の給料は1,000円札で渡されていたので、16枚の1,000円札の入った給料袋は薄っぺらかった。何時になったら給料袋が「立つのだろう」と真剣に考えていた。
 当時の額は現在の貨幣価値に換算して11~12倍に相当するので、現在も当時も大学出の新入社員の給料はさして変わらなかったと考えることが出来る。
 当時の国鉄の最低料金は10円で、池袋を起点にすればこの最低料金で新大久保や駒込まで行けた。確か学食のカレーライスが40円であったと記憶する。
 始めてもらった給料のことはよく覚えている。その日は家に何か買って帰らなければならないと考えていたが、何と買ったのはバナナの大きな房三つであった。今考えれば何とも恥ずかしい話である。
 しかし当時のバナナは高級な果物であったのだ。現在のマスクメロンに相当した。
 会社の往復で通る商店街の顔見知りの八百屋の店の奥の棚には、よく大きなバナナの房が幾つか飾られていた。
 給料日、そのバナナの房を三房購入した。バナナは全部で30本くらい付いていたはずである。金500円也(現在の6、000円に相当)。よく覚えている。
 顔見知りの八百屋の親父が「若旦那、初給料出たね!」。物凄く恥ずかしかったことを覚えている。

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