« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月

2013年11月26日 (火)

2013年11月アイビー随筆

アイビー随筆 「蒸気機関車」 

          37年理学部卒 大内 建二

 西公園の北のはずれの木立の中に、ひっそりと置かれている黒く塗られた蒸気機関車があるのを皆さんは多分ご存知であろう。
 この機関車は「C60」型の1号機で、仙台や東北本線とは切っても切れない関係にあった機関車である。
 東北本線や常磐線は東北の大動脈であっただけに、昭和40年頃まで大型の貨物用や旅客用の蒸気機関車は元気に活躍していた。しかしそれも両線の電化に伴い次第に消え去っていった。
 C60型蒸気機関車はかつて東北本線や常磐線を、上野から青森まで750キロメートル間を旅客列車をけん引して活躍していた。その基地(機関車の現住所)は仙台機関区であった。
 現在の仙台駅東口のバスターミナル付近には、大きな扇形の木造の機関車の車庫があり、沢山の大型蒸気機関車が煙を吐いてたむろしていた。現在の東7番丁通りには常に機関車の煙の臭いが漂っていた。
 C60蒸気機関車は、戦争勃発直前に製造された当時日本最大の蒸気機関車C59の車輪重
量配置を変え、東海道や山陽本線以外の路線でも運用できるように改造された機関車であり、終戦直後の東北地方の旅客輸送量の急増に対処するために改造された機関車であった。
 西公園のC60-1は他の仲間20両と共に昭和26年から東北本線や常磐線で長く活躍していたが、電化の伸張と共に昭和40年にその役目を終えたのであった。
 西公園の隅に忘れ去られたこの機関車が、14年間に東北本線や常磐線で走行した総距離は実に190万キロメートルに達していた。この距離は地球と月の間を一往復しまだ少し折り返す距離に相当するのである。
 うらさびれたこの機関車を見るのが、蒸気機関車ファンの私にとっては何とも切ない思いなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月24日 (日)

2013年10月アイビー随筆

アイビー随筆 「校歌」 

        37年理学部卒 大内 建二

 校歌は様々な思い出を呼び起こす歌である。私は小学校、高校、大学何れの校歌も全曲歌える。ところでお気付きのようにこの中に中学校がない。
 戦後新設されたわが母校の中学校は戦時中に設立された実践女学校が母体となっている学校で、正規の卒業生は我々が三期目であった。まだ全てが無い無い尽くしの時代で校歌もその中にあった。そのためにわが母校の校歌がどの様な歌であるかを知らないのだ。
 今年の3月に何気なしに母校の世田谷区立玉川中学校をインターネットで検索し、ついでに「校歌」を検索してみた。「ありました」。電子音楽のメロディーと電子音声の歌詞であるが内容は十分に伝わった。美しい曲である。しかし何かしら実感がわかないのが寂しい。
 ところでこの四校の校歌についてあることに気が付いた。全ての校歌の歌詞に富士山が表現されているのである。小学校は「富士を遥かに」、中学は「富士は聳えて」、高校は「尊き姿の富士の峰」、立教大学は「芙蓉の高嶺に」である。ここで芙蓉とは富士山の雅称である。富士と言わずに雅称を使うところがさすがに最高学府である。
 昭和29年頃までは東京の各地から富士山は眺められた。東京の各学校の校歌の歌詞に富士山が歌われるのも、何れは希少価値になるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »