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2014年1月

2014年1月 5日 (日)

2014年1月アイビー随筆

アイビー随筆 「餅の話」

          37年理学部卒 大内 建二

 お正月らしい話題にしたい。関東や東北地方で餅と言えば「角餅」である。ところが関西以西に行くと餅と言えば「丸餅」になる。角餅を見る機会は極めて少ないのだ。何故日本の東西で餅の形が違うのであろうか?
 ところで興味がわくのは餅の形は日本のどこが境になる、という問題である。実は角餅と丸餅の違いに関しては立派な民俗学の研究がおこなわれているから面白い。
 丸餅と角餅の日本の境界線は、富山県と三重県とを南北につなぐ線を境に凡そに分かれているそうである。ただ不思議なことはこの境界線を境に西側には角餅は存在せず、境界線を境に東側は丸餅と角餅が混在する地域が広く分布していることだ。
 では完全に角餅に移行する境はどのあたりか? 実際に調査が行われているのである。それによると静岡県に掛川市付近が境になるそうである。ではなぜ丸餅と角餅の文化が出来たのか?
 角餅は江戸時代の早いうちに江戸を中心に完成されたそうである。角餅は「気が短い江戸っ子」が造り上げた文化だそうである。搗き立ての餅をいちいちまるく「整形」するのがメンドクサイと、平らな伸餅を包丁で縦横に切り分ければ早く出来上がる。これが江戸の角餅の起源で、北日本にその文化が伝わったことがその始まりだそうである。
 一方関西以西の丸餅文化の歴史は古く、京都の朝廷や貴族などが餅を丸く成形する文化を育み、これが次第に庶民に伝えられ丸餅文化が広まっていったそうだ。
 関西以西の雑煮の餅は汁と共に煮込むことが一般的であるのに対し、関東以北の雑煮は焼餅を汁に入れるのが一般的である。これも江戸っ子の短気な性分から生まれたもので、雑煮の汁を煮込んでいる間に餅を焼き、これを熱い汁に投げ込めば「一丁上がり」という、何とも短気な性分から生まれた文化だそうである。

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