« 第14回東京六大学OB・OG対抗ゴルフ大会 | トップページ | 2015年6月アイビー会 »

2015年7月10日 (金)

2015年7月アイビー随筆

  「カティー・サーク」 

       37年 理学部卒 大内 建二

 今月のアイビー随筆は少し長くなります。

 7月20日は「海の日」。明治天皇が帆船「明治丸」に乗船し始めて北海道行幸を行い、東京港に帰還した日が7月20日であったことを記念したのが「海の日」である。この明治丸は現在東京都江東区の東京海洋大学(旧東京商船大学)の構内に記念船として保存されている。

 海の日にちなみ今月は船に関わることを書きたい。スコッチウイスキーの銘柄に「カティーサーク」があることは皆さんご存知であろう。瓶に貼られた黄色のラベルには、純白の帆を一杯に張って進む帆船の図柄が示されている。この船こそ高速帆船カティーサークを現しているのである。

 カティーサーク号は1869年(明治2年)にイギリスで建造されたクリッパー型の高速帆船である。18世紀の末までは紅茶はイギリスの貴族の飲物であったが、19世紀に入る頃からは庶民の間でも飲まれるようになり、その需要は高まる一方であった。

 イギリスは茶葉を中国の福建省から輸入していたが、茶葉は輸送時間が長くなるほど品質が劣化しやすく、また途中船が熱帯地帯を通過することで茶葉の品質が劣りやすくなる。イギリスの茶葉扱い商社はかねがね「如何に早く茶葉を輸送するか」について頭を痛めていた。そこに現れたのが当時出現し始めた高速力を出す新しいタイプのクリッパー型帆船であった。登場したのがカティーサークという、当時としては画期的な高速帆船であった。

 規模は僅かに936トンであるが早かった。順風を受けると最高速力17ノット(時速31キロメートル)の速力が出せるという画期的な帆船であった。

 ところでこの「カティーサーク」という船名は実に変っているのである。カティーサークとは「女性の短い肌着、つまり“ミニスリップ”」を意味する言葉である。日本では考えられない船名であるが、そこにイギリス人のユーモアのセンスがあるのだ。

 本船の持ち主はイギリスの超有名な詩人ロバート・バーンズの崇拝者であった。バーンズの詩の中に「タモシャンター」という抒情詩がある。この中で妖艶な妖精ナニーが「カティーサーク」姿で踊る場面があるが、持ち主はこの場面をいたく気に入り、ついにはこの高速新造船に「カティーサーク」という名前を付けてしまったのであった。

 本船の船首象(昔の欧米の帆船の船首には守護神として何がしかの大きな像=彫刻=が取り付けられていた)にはカティーサークに身を包んだ妖精ナニーの像が飾られている。

(カティーサーク号はその後テームズ川岸に記念船として保存されていたが、8年前に失火で全焼し、ナニーの像も焼けて失われてしまった)。

 カティーサークを飲む時に、チョットこの話をされると必ず「受けますよ!」

|

« 第14回東京六大学OB・OG対抗ゴルフ大会 | トップページ | 2015年6月アイビー会 »

アイビー随筆」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/510903/61815166

この記事へのトラックバック一覧です: 2015年7月アイビー随筆:

« 第14回東京六大学OB・OG対抗ゴルフ大会 | トップページ | 2015年6月アイビー会 »