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2018年4月11日 (水)

2018年4月アイビー随筆

アイビー随筆4月号
 アイビー随筆「狐小路」
           37年理学部卒 大内 建二

 先月の本文で連坊小路について書いたが、興に乗り今月も「小路」の続きを書くことにした。仙台には明治時代から、「七崎、七坂、八小路」という語呂合わせのような地名の総称が存在することはご存じだろうか。「崎」は「茂ケ崎」等、「坂」は「石名坂」等ほんの僅かが残っている。ところで「小路」だが、これも同じで現在では道路拡張などで次々にその名が消え去り、現在残っている連坊小路などは貴重な残存地名なのである。
 かつては「大名小路」、「桜小路」、「元寺小路」、「清水小路」等々があったが、「大名小路」は現在の西公園通りと片平丁通りに、「桜小路」は東北大学片平キャンパスの中に埋もれている。「元寺小路」も通称だけで現在は名前だけが何となく残っており、どこの路を指すのかは明確でない。
 ところで「狐小路」だが、この道は片平丁小学校の東側から高等裁判所の東門の前を通り、かつての「細横丁(現在の晩翠通り)」へ通じる片側通行の細い道のことを言うのだ。私の母親は片平丁で生まれ育ち、大正時代に「片平尋常小学校」へ通学していたそうだが、校庭の東側に沿って通じている細い道を通称「狐小路」と呼んでいたそうだ。この小道の東側は鬱蒼とした森で、「校庭でよく狐を見かけた」と母親は話していた。現在この小路名も消え去り、高齢の人たちがたまさかに使うだけになっている。
 ところで「小路」とは違うが、三越デパートの正面玄関を出て一番丁通りを横切ると間もなく狭い通りがクロスする。この道は通称「トラヤ横丁」と呼ばれている。国分町の歓楽街のすぐそばだけに、夜な夜な大トラや小トラが“さ迷う”からつけられた通り名と思われがちだが、さにあらず。大正の初めにこの通りの一角に「虎屋」という薬種問屋が開店し、その店先に大きなトラの置物が置かれていたので、この通りが何時しか「トラヤ横丁」と呼ばれるようになったそうである。

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