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2019年6月 6日 (木)

2019年6月アイビー随筆

アイビー随筆6月号
 アイビー随筆「埋もれ木細工」
                 37年 理学部卒 大内建二
 仙台には三つの有名な工芸品があった。「あった」というのは現在では僅かにその命脈が保たれているだけで、何時消えるかわからない燈明のような存在になっているからである。三つの工芸品とは「堤焼」、「玉虫塗」そして「埋もれ木細工」である。中でも玉虫塗はその奥深い色合いが何とも上品な塗り物で、正に廃れてはならない「JAPAN(日本特有の漆塗りの英語表記)」なのである。一方「埋もれ木細工」は亜炭を加工して作り上げた置物や壁掛けなどの加工品であるが、現在ではほとんど見ることが出来ない。現在は秋保に細工人が一人、細々と伝統細工を続けているだけである。
 亜炭は石炭の中でも最も若年齢の、いわば石炭の幼稚園生とでもいうべき存在のものである。熱量の高い瀝青炭は二億年以上前の古生代の石炭紀の森林の化石であるのに対し、亜炭は500万年前の後期新生代の植物の「化石」で、まだ熟成されていない石炭なのである。
 亜炭は炭化が進んでおらず着火性が悪く熱量も低いが、戦時中や終戦後の燃料不足時代に薪の代わりに大量に使われたのだ。宮城県は日本でも有数の亜炭産出地で、仙台の太白区の八木山や大年寺山周辺は亜炭の産出地として有名であったのだ。事実太白区向山や八木山南、芦の口、青山、土手内などには大小無数の亜炭採掘場があった。私が会社の仙台支店に転勤して来た昭和55年頃、住まいのあった芦の口地区でも、すぐ裏山の崖には幾つものトンネルの跡のようなものが存在したが、これらは皆付近の住人が掘った自家用亜炭の採掘用のトンネルだったのだ。これらの中でも最大級の亜炭採掘場は八木山南住宅地近くにあったトンネルで、ここで掘り出された亜炭は専用に敷かれた線路上をトロッコで西多賀(現在の国道286号西多賀交差点付近)迄運び出され、健在であった秋保電鉄の貨物列車で長町まで運ばれ、仙台市電の貨車で仙台市内まで運ばれ市内の家屋の風呂や台所の竈の燃料となっていたのである。
 亜炭は細工を施し磨き上げると黒く光沢のある見事な置物になるが、仙台藩の昔から貧乏武士達の内職工芸品として有名であったのである。
 昭和40年代に入る頃からのガスや石油ストーブの普及で亜炭の需要は急激に減少し、それと共に埋もれ木細工も消えていったのだ。
 国道4号線沿いの三本木付近にある亜炭資料館には、10トンという巨大な亜炭の塊が展示されている。一度ご覧あれ、ビックリします。

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