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2020年3月

2020年3月 5日 (木)

2020年3月アイビー随筆

アイビー随筆「仰げばとおとし」

                 37年理学部卒 大内 建二

 

 3月は学校の卒業式の季節である。58年前の立教大学の卒業式の様子が思い出される。大学の卒業式は小学校、中学校、高校とは大きく違っていた。タッカーホールを埋め尽くした男子学生のほぼ全員が、それまでの学生服を脱ぎスーツ姿であった。

 我々の卒業式の来賓は、当時のアメリカ駐日大使のライシャワー氏であった。英語のスピーチの内容はヒアリングに慣れない我々にはほぼ全て理解できなかったが、彼が大変にスマートで端正な顔立ちの紳士であったことが印象に残っている。最後に二階席の聖歌隊が讃美歌を合唱したが、それが何の曲であったかは覚えていない。

 ところで我々の年代にとっては「仰げばとおとし」は卒業式の定番の歌であるが、近年この歌はほとんど歌われていないそうだ。何故なのだろう。

 次第に歌われなくなったのは昭和50年(1975年)頃かららしい。この時代と一致するのはテレビ番組で一世を風靡した「金八先生」だ。このドラマの中での主題歌は「贈る言葉」であったが、この曲が卒業式の歌として急速に一般化していったようであり、同時に「蛍の光」は歌われてはいるけれども、文語体歌詞の「仰げばとおとし」は急速に消えてしまったのだ。敬遠されたらしいのだ。

 ところでこの歌については面白い話がある。この歌は明治17年(1886年)に日本の唱歌に採用され、日本の歌100選にも選ばれている。

不思議なことだが実はこの歌の作曲者は長い間「作曲者不詳」となっていたのだ。ところがごく最近になりこの作曲者が判明したのである。何と2011年(平成23年)、作曲者はアメリカ人のヘンリー・パーキンスと言い、彼が作曲した「Song for the close of our school」がまさに「仰げばとおとし」と曲が一致したことが分かったのである。英語の題名も何か「仰げばとおとし」の歌詞に合致するようである。

 ところでこの歌には何とも理解できない出来事があるのだ。この歌は3番から成り立っているが、現在は本来の2番は歌われず、本来の3番が2番として歌われているそうである。これは知らなかった。

 理由は何とも理解不能なことである。戦後の昭和40年代に入り、2番の歌詞の中の「身を立て名を上げやよ励めよ」という文句は立身出世を励ますもので、民主主義の時代にはそぐわない差別を助長する歌詞、として強引に削除されたというのである。何とも大人げない話ではないか。

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