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2020年7月

2020年7月15日 (水)

2020年7月アイビー随筆

アイビー随筆7月号

  アイビー随筆「大内宿」  

               37年理学部卒 

                    大内 建二

 福島県南会津郡下郷町にある大内宿は、福島県を代表する観光地としてよく知られている。江戸時代の会津西街道宿場町の往時の姿をよく残しているとして、三重県の旧東海道の関宿や長野県の旧中山道の馬籠宿などと共に、全国的にも有名である。私も同じ名前なので親近感を覚えこの地を何回か訪れている。

 会津西街道は会津藩主が参勤交代などの時に使用した街道で、大内宿から会津田島を通り日光街道に抜け江戸に至る最短の道なのである。当時の人たちは会津若松からこの街道を通り江戸まで五泊六日の行程で辿ったそうだ。多少の山道はあるが約二百キロメートルのこの路を一日平均三十五キロ、一時間平均四キロメートルの速さで歩くことになる。結構な旅だが籠に揺られる殿様も決して楽ではないはずだ。

 大内宿は一時はすっかり荒れ果てていたが、昭和50年代の後半から福島県が音頭をとり復旧・整備を始め、昭和60年初めにはすっかり修復され往時の姿を蘇らせている。

 明治11年にイギリスの女性旅行家のイザベラ・バードが東北一周旅行に旅立ち、途中で大内宿の旅籠「美濃屋」(現存)に宿泊している。彼女の日本旅行記を読んだことがあるが、彼女はこの宿の一泊で散々に蚤の襲撃を受けたことをユーモラスに描いている。

 大内宿の名物に「ねぎ蕎麦」がある。一杯の“掛け蕎麦”を一本の葱を箸の代わりにして食べるのだが、まさに芸当である。時々箸代わりの葱をかじり薬味とするが、「降参」すれば箸を渡してくれる。真夏に行くと街道の両側を流れる小さな水路で冷やしたトマトが売られているが、これが美味しいのだ。ただ最近はその名が知れ渡ったためか観光客が多く、休日などは観光客であふれかえっているのが些か風情を削いでいる。

 大内宿近くの会津鉄道の「湯野上温泉駅」の小さな駅舎は、無人で茅葺屋根の趣ある駅舎として全国に有名である。10数年ほど前に、ここの民宿温泉宿に学生時代に所属していたサークル仲間と宿泊したことがあったが、野趣味ある素掘りの露天風呂が素晴らしかった。夕食に猪鍋が出た

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